ボジョレー地方の歴史
ボジョレーワインの歴史的な記述を辿ると、10世紀まで遡ります。ボージュー(Beaujeu)地区の領主であったベロー(Beraud)夫妻が、ヴィリエ・モルゴン村に近い区画を、ブドウ畑として寄進しようとした動きがありました。残念ながら、彼らは近隣の領主たちとの争いが絶えず、ブドウ栽培を発展させていく余裕がありませんでした。
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13世紀にも勢力を誇っていたボージューの領主は、フランスの歴史上に多くの足跡を残しました。リヨンのすぐ北方に隣接する当地域は、ブドウ栽培の中心地の代名詞となり、ボージューの名は【ボジョレー】の由来ともなりました。
16世紀までのワイン生産は、他の農産物に較べるとまだ限定的で、ワインは地元で消費されるのみでした。17世紀に入ってから栽培方法が改善され、ソーヌ河とローヌ河に近接していたことから、ボジョレー地方の村々は栄え、ワイン産業は大都市リヨンへ向かって発展していくことになります。
近代に入る頃には、リヨンの街の【ブション】や【タヴェルヌ】と呼ばれる食堂・居酒屋にとって、最大のワイン供給地となっていました。これらの店では、ポ(pôt)と呼ばれるカラフェでボジョレーワインが大量に消費され、常にテーブルの主役としての地位を得ていました。
20世紀以降のボジョレーワインの歴史は、カーヴ・コーペラティヴ(共同組合)とカヴォー(試飲販売所)の設立と重なります。1927年に初めてのフルーリー協同組合が設立され、1936年から1950年にかけて次々とAOC(原産地呼称)が制定。1951年11月15日には、初めての【ボジョレー・ヌーヴォー】が発売されました。1953年、初めてのカヴォーがモルゴン村に誕生。地域のアペラシオンを幅広く並べて試飲させる施設は、当時としては斬新なコンセプトでした。
1955年、ボジョレー地方のワイン街道がお披露目されました。【ボジョレー・ヌーヴォー】誕生から30年あまりが経った1985年には、毎年50万ヘクトリットルと巨大市場に成長したワインの販売をスムーズにするため、毎年11月の第3木曜日を解禁日とする運びとなりました。